量子生物学について
こんな本を読んでいた。
- 作者: ジム・アル-カリーリ,Jim Al-Khalili,ジョンジョー・マクファデン,Johnjoe McFadden,水谷淳
- 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
- 発売日: 2015/09/16
- メディア: 単行本
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コマドリの量子コンパスによる移動の話をきっかけに、様々な生命活動に量子力学が関与しているよという話がされていた。
面白いと思ったのは、「細胞は外部から特定の周波数の波動を与えられることで量子コヒーレンスな状態を保って生きている」という仮説である。
その波動っていわゆる「聖音オーム」じゃない?発生源はチャクラに対応しているのでは?と空想が膨らんでしまう。
東洋医学の視点から量子生物学を研究したら、新しい発見があるかもしれないですね。
神智学では人間を肉体・エーテル体・アストラル体・霊体の四層構造で説明するけど、エーテル体から発する波動が肉体を生かしているってことなのかな。
エーテル体は精妙なので物理的に観測することはできないけど、量子力学の眼鏡を通じて見ることができるのかもしれない。
その辺はまあ、科学の発展に期待ですね。
個々人の道
人間の成長にとって、万人に共通する絶対の道は無い。
人間が救われる方法は組織宗教への従属ではなく、自らの内なる声に従うことである。
ゆえにある人にとっては宗教家の道が、またある人にとっては職業人の道が、ある人にとっては芸術家の道が、その人を救いに導く正しい道なのである。
うろ覚えだが、OSHOが『エンライトメント』でそんな事を言っていた気がする。
この人の教えはだいたいそんな感じで各々勝手にやれという考えなので(ニューエイジ以降の最近の神秘家に共通する考えかもしれないが)現代人の感覚にとって受け入れやすいと思う。
エンライトメント―ただひとつの変革 神秘家・アシュタヴァクラ
- 作者: OSHO,スワミアンタールソハン
- 出版社/メーカー: 市民出版社
- 発売日: 2003/08/01
- メディア: 単行本
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しかし私はと言えば、自分の内なる声がどうもはっきりせず、あれをやったりこれをやったりと二転三転している。
そうやって迷った挙句切羽詰まって秘教哲学やスピリチュアリズムにも手を出してみたのだが、それらを頭から信じられるほどの純真さも持ち合わせていないのだ。
どうも自分は今生でひとかどの人間になることは出来そうにない。
輪廻転生が真実なら、この傾向は生まれたばかりの若い魂のありがちな傾向なのかもしれない。
つまり様々な分野をつまみ食いすることで、自分に合った道を探す段階なのだ。
そうだったら少し納得がいく。
OSHOは頗る評判の悪い人間だが(ネットで彼の本名である「ラジニーシ」と検索すればすぐにわかる)著作を読む限りではそんなにカルトかなあと首をかしげざるを得ない。
私は単純に、説話が面白いので気に入っている。
ゾルバブッダという生き方の推奨も、スピリチュアリズム一辺倒にならずに現世も大切にして生きましょうよという感じで、バランス感覚がある方だと思うのだが。
彼個人の問題というより、心に問題を抱えていた厄介な人が救いを求めて集まってきた結果、教団が過激化してしまったのかもしれない。
転生とカルマについて
最近の精神状態は頗る最悪なのだが、そんな時は私の「深みの精神」が囁いてくる。
巷に氾濫する前世の記憶に関する話は眉唾物であるとしても、霊性進化という観念は信じるに値する。
なぜなら仮に人の死が永遠に続くものであったならば、今生の体験が全く無意味なものとなってしまうからである。
この世界の大本には、何らかの偉大な存在があり、それが人間の生と死のプロセスを生み出している。スピリチュアリストはそれを「大霊」と呼んでいる。
然るに今生の苦しみは、例え死の時まで報われなかったとしても、来世における成功の糧なのである。
卓越した天才や成功者を突き動かす衝動は、本人の意識に上ることはないが、往々にして前世の無念なのだ。
そうだったら確かにこの世の不平等に説明がつくかもしれないな、と思った。
最近読み始めたユングの『赤の書 テキスト版』は久々の良書だと思う。あとこの問題について考えるなら『シュタイナーのカルマ論』を読みたい。
- 作者: C・G・ユング,河合俊雄,ソヌ・シャムダサーニ,田中康裕,高月玲子,猪股剛
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 2014/08/21
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一者からの世界の流出について
本日読み終えた一冊。
新プラトン主義は誕生以来、キリスト教の理論づけに応用されたりしながら変化してきたそうだ。
全般的に資料が乏しく研究は難しいらしい。
世界を、一者という存在からの流出として捉える点は新プラトン主義者に共通している。
そして、なぜ単一の存在からかくも複雑で多様な世界が生み出されたのかという点が新プラトン主義的な世界観にとっての課題である。
新プラトン主義者は、様々なバリエーションがあるがこの点を階層構造によって説明している。
例えばプロティノスの場合なら、一者→知性→魂→質料という構造で説明している。
イアンブリコスやデュオニュシオスだと人間と神の間に様々な位階の天使が挟まってくる。
天使についてはシュタイナーの『天使と人間』を読んだことがあるのだが、どういう根拠で不可視の存在のランクが考え出されたのだろうか。霊感かなあ。
一者がどういう意図を持って世界を創造したのか、という点についてはあまり触れられていなかった。
一者というか創造主が完全な善なら、世界に悪が存在する理由は何なのか。この点は創造主たる父を絶対善とするキリスト教にとっての大問題で、その矛盾を突いたグノーシス派が支持を集めたりしている。
自分は一者は完全な善でも完全な悪でもなく、空想好きな普通の人間とあまり変わらない存在で、悪が存在した方が面白いから悪が存在すると考えたら説明がつくんじゃないかと考えている。創造主の無限の愛を信じたい人間にとっては受け入れがたい説かもしれないけれど、そんなに溺愛されているなら人類全員既にハッピーじゃなきゃおかしいわけで、神の愛というのはだいたい作家の創作キャラに対する愛程度なんじゃなかろうか。
ならばその創作での役目を終えた、すなわち死んだ人間の魂というのはどうなるのか、というのがどうしても考えてしまうところで、同じ或いは別の創造主の作った世界の中で使い回されるのか、それではあまりに不憫すぎるから自分で世界を創造する選択肢が与えられるのか。またはそのどちらでもなく、先に挙げた存在の階層構造を少しずつ上昇していくのかもしれない。
いずれにせよ死んだ後に何も無いのは魂にとって不自然、みたいなことをシュタイナー先生が言っていたのを見た時に確かにそうだなあと思ったし、魂の不死性というのはなんとなく信じるに値する観念だと思っている。
ブログ開設の趣旨について
はじめまして、ぶりこすと申します。
個人的な趣味として哲学・神秘主義関係の本を読み進めていくうち、読んだ本について感想を書いたり哲学的なテーマについて議論したりする場が欲しいなと思い、本ブログの執筆を始めました。
一応大学は卒業しているのですが、哲学や神学を専攻していたわけではないため、議論に拙い点があると思います。予めご了承ください。
私が哲学や神秘主義ーもっと言ってしまえば、いわゆる秘教哲学というものに関心を持ち始めたのは、ジョナサン・ブラックの『秘密結社版 世界の歴史』という一冊の本がきっかけでした。
- 作者: ジョナサンブラック,Jonathan Black,松田和也
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/01/01
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それまで私は漠然と物足りなさを感じながらも科学的・唯物論的な世界観を持ち続けていたのですが、「唯物論はいずれ単なる一時的な流行と見なされる」とまで宣言したこの本に衝撃を受け、秘教の世界に足を踏み入れたのでした。
以来、ルドルフ・シュタイナー、H・P・ブラヴァツキー、P・D・ウスペンスキー、マンリー・P・ホール、コリン・ウィルソン、グラハム・ハンコック、ジョスリン・ゴドウィンといった面々の著作に触れてきました。
しかし、科学的思考を捨ててまでスピリチュアリズムに耽溺することは私の理性が許しませんでした。
ジョナサン・ブラックが秘教的世界観を紹介する上で推奨したように、それらをあくまで「想像力の鍛錬」として読んでいくことが私の姿勢です。
秘教哲学の原点は、創造主が世界を創り出した意図を問いたいという、人間の願望に応えることにあると思います。
そのようなテーマについて、想像力をはたらかせながらも、あくまで論理的に思索を積み重ねていけたらいいなと思います。


